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銃後の非国民

少し前の話になるが、敬老の日、祖母にCDをあげた。
戦前〜戦中の歌を集めたものである。もちろん私セレクション。ゴンドラの唄、アラビアの唄、紅い睡蓮、夜来香、迎春花、何日君再来、愛国の花、蘇州夜曲などなど…スタンダードナンバーばかりだが喜んでくれた。

ついでにその頃の様子をいろいろと聞いた。
祖母は1930(昭和5)年生まれである。軍国教育バリバリの時代に育った。
彼女の家は市内中心部から車で1時間半程の山の中だ。曾祖父が日中戦争(祖母は“支那事変”という)に従軍した(役場勤めから衛生兵に)から、聯隊のある市内まで面会に行ったこともあったらしい。

戦時中は何がイヤって、竹ヤリの訓練がイヤだったそうだ。大きい声を出せずに怒られたり防空演習をサボって怒られたりしていたらしい。
竹ヤリ訓練はB29を落とすのではなく、本土決戦で高知沖に米軍が展開したときに備えていたというのである。艦砲射撃に対抗するってか…オイ。

祖母も竹ヤリで勝てるわけないと考えていたようで、召集されたら前の山に隠れてやろうとまで考えていたらしい。
軍艦も見たことないのに、何とまあ冷静な。

竹ヤリはまあ、物理的にというよりは士気を高めるためなんだろうけど。

私が一番驚いたのは、防空壕もなく、空襲警報ならぬ空襲“警戒”警報だったど田舎の村に戦後GHQが来たということだ。

もちろん鬼畜米英だから、年ごろの祖母たちは郵便局の2階なんかに隠されていたが、やって来た進駐軍はいい人ばかりで村人たちとも仲良くしていたらしい。
チョコレートもくれたらしい。
祖母はその辺で肩透かしをくった。疑惑が確信に変わったというか。

あの時代、授業がほとんどなかったことが今でも悔しいそうだ。
今度はヘキサゴンドリルをあげるよバアちゃん…。

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